てるてるぼうずって何者?
第5回「チコちゃんに叱られる」で、この質問をされたゲストの大竹まことの答えは…
「『おばけ』足がなさそうだから」だった。
そう言われれば、そんな気もするが…
だが、チコちゃんの答えは「てるてるぼうずは、悲劇のヒロイン!」だった。
これには、みんなも「え?」と言う。
答えは、かなり予想外だった。
てるてるぼうずって何者?
てるてるぼうずは、小さい頃は、遠足の前に日には、よく作ってぶら下げたものだ。今の子供たちも作るのだろうか?
○チコちゃんの答え
てるてるぼうずは悲劇のヒロイン!
(ヒロインなので女子)
宝林寺の住職によれば…
てるてるぼうずの起源は、中国にあった風習で、それが民間信仰として日本に伝わったものだという。江戸時代は「照り照り坊主」(天を照らす法師)と呼ばれていたそうだ。
「照法師」…「てるほうし」が「てりてりほうし」…「てるてるぼうし」になったのではないか、と宝林寺の住職は言う。
その中国の風習とは…
江戸時代の儒学者の書物に…日本の女たちは「雨が降りやまない時には「照法師」という物を作って晴れを祈る」とあったらしい。
これを唐(中国)では「掃晴娘」(サオチンニャン)と言うらしい。
※「晴娘(チンニャン)」は、少女の名前。
かつて北京の郊外では雨が続いた時、晴れを祈って門の先に「晴娘」を模した「ほうきを持った少女の切り絵」(両手に持っているほうきで雨雲や災いを払ってくれる少女「晴娘」)を吊るす、という風習(グアサオチンニャン)があったらしい。それがもとではないか、ということだった。
では、晴娘(チンニャン)は何者なのか?
番組では、この娘の物語を、森本レオのナレーションで彼の好きなように読んでもらった。
その物語とは…
「晴娘物語」
その昔北京に、頭がよく手先が器用で切り紙が得意な娘がいた。
彼女の名は「晴娘」(チンニャン)。
ある年の6月、北京ではくる日も来る日も大雨が降り続いて、街人は困っていた。
ある夜、娘は天に向かって「雨よ、止んでください。このままではみんな死んでしまいます。」と祈った。
すると突然、天の使いの声が聞こえた。
天の声は娘に「雨の神が、そなたを『妃に』と言っている。」と。
娘は、人々を救うため「天に従う」と心に決めた瞬間…
強い風が吹き抜けたあと、娘の姿はなく、空が晴れわたったのだという。
…「それはまた別の話」で森本は締めくくった。
※フジTV「王様のレストラン」のナレーションだった森本は、いつもこの言葉で締めくくっていたなぁ(笑)。
この物語の背景にあるもの
住職によれば…世界の古代社会では、自然の荒ぶる神をなぐさめる為、穏やかな天候を願い「人身御供」をしていた。
人身御供=生贄として、人間を神に供えること(昔は女性や子供を供える儀式をしていた)
自然や天気は与えられるものではなく、多くの願いや犠牲の上に成り立っているもの…自らの命と引き換えの人々を救った少女のことを忘れてはいけないと、「グアサオチンニャン」は語り継がれていたのかもしれない、とまとめていた。
切り絵が白い布になったのは、なぜ?
仏教の伝来により、祈祷は、お坊さん、男の人がするもの、と思われていた。今の「てるてるぼうず」は、天気の祈祷をする白装束の僧侶や修験者を模したものと考えられるそうだ。
ちなみに…
番組では、中国に行って人々に「照法師」という「ほうきを持った少女の切り絵」を知っているか、聞いてみた。だが、ほとんどの人は「知らない」と答えていた。
(これ⇧は、番組で紹介した、中国で売っている「てるてるぼうず」型の風鈴)
ただ「てるてるぼうず」は日本のアニメの「一休さん」を見ている人たちには知られていた。(が、これは、断定するものではない、とのこと)
諸説あるそうだ。
「てるてるぼうず」なので男のお坊さんが起源か、と思いきや、中国の女の子がもとになっていて、しかも人身御供だった、というのは結構衝撃的だった。
そしてチコちゃんは、大竹まことに、以前番組に出た時に「シティボーイズ」と言われ「と怒らせている(大竹は、一人で出ているのでそう呼ばれたくないらしい)が、今回は「シティボーイズやめて『シティぼうず』にしようか?」と言って、さらに怒らせていた。
第5回の他の質問と答えは…
https://www.takumi-inv.com/tiko-deka
https://www.takumi-inv.com/tiko-yabuisya
https://www.takumi-inv.com/tiko-pilot-hat