確かに…怖い話は夏になると出てくる。
寒い時期には出てこない…
でも、その意外な理由にゲストの鶴瓶も天海も「え?」と驚いた。
それにしてもキムラ緑子の語り…味があったな~。
なんで夏に怖い話をするの?
チコちゃんが「この中(岡村隆史、ゲストの笑福亭鶴瓶と天海祐希)で一番夏を満喫している素敵な大人ってだあれ?」というと「俺や!」と鶴瓶が言う。
「夏の風物詩と言えば何?」と聞かれた鶴瓶は「…花火、海水浴、(噺家としては何かない?夏は?)怪談話…」とあげていく。
すると「なんで夏に怖い話をするの?」と聞かれる。
鶴瓶は「お盆がありますよね。お盆に年に一回、先祖(御霊)が帰ってくるところでありますから…そういう事で怖い話をします、怪談話ね」と答えた。
すると「終わり?」とチコちゃん。
鶴瓶は「終わりて…」というが「終わりや!」と言い切る。
チコちゃんは「確かに、そうなんだけど甘い!ボーっと生きてんじゃねーよ!」と言う。
〇チコちゃんの答え
⇒夏に怖い話をするのは、ベテランが夏休みだったから
それを聞いた鶴瓶も天海も「え?」と驚く…。
怪談話が夏の風物詩なのは実は日本だけ
詳しく教えてくれるのは日本の怪談文化に詳しい國學院大學文学部 飯倉義之准教授。
「怪談話が夏の風物詩なのは実は日本だけなんですよ」という。
そういえば日本以外の国では夏に怖い話で盛り上がっているのをあまり耳にしない。
(例えばアメリカだったらハロウィン、ヨーロッパなら11月ぐらいが魔物の活動する時期、だという)
なぜ日本では夏に怖い話しをするのか?
先生によれば「日本では夏の行事として盆狂言という民族芸能(お盆に行う供養の儀礼の一つ)が行われていた」という。
盆狂言
8月中旬に「盆棚」「盆踊り」「お墓参り」「迎え火」などで、この世に帰ってくるご先祖様の霊を供養するお盆。しかしこの時期にはご先祖様の霊だけでなく「祭る人の絶えた無縁仏」や「恨みを抱いた怨霊」も帰ってくると考えられていた。
盆狂言は、そうした浮かばれない霊を供養する、そのための儀礼。
幽霊の苦しみを代わりに演じて表現することで、恨みや怒りが鎮められると考えられている。
「その盆狂言が夏に怖い話をする起源なんですか?」とスタッフが聞く。
先生は「いえ、そうではなくて盆狂言をヒントにして、江戸時代に歌舞伎の中で、今のエンターテーメントの怖い話に通じるような作品が作られていく。なので夏の怖い話の起源は江戸時代にまでさかのぼるという事なんですね…」と話し…
語り
すると…
むか~し、むかし…という声と共に、暗い部屋の中、2畳の畳の上、火のついた蝋燭一本の灯りと白い着物を着て座っている女性(キムラ緑子)が現れた
彼女の「語り」が始まった。
昔々、江戸時代のお話…
にぎわう街の片隅にある小屋がありました。
その小屋の前を通りかかると中から「ああ~、あぁ~」という人々の叫び声のような声が響いてくるではありませんか。
気になって扉を“すすす-”と開けると、そこには…
お客さんがいっぱい。
そう、そこには江戸の庶民にとって一番の娯楽、歌舞伎の芝居小屋。
人気役者の名前が連なり、ほぼ一年中大盛況でした。
しかし、そんな歌舞伎小屋にお客さんが寄り付かなくなる季節があったそうです。
それが夏。
実は炎天下の芝居小屋の中は死ぬほど暑い。
なぜならクーラーがない…
(人気の歌舞伎小屋には多くの人が押し寄せいつも満席、なのでとても暑かった。当時はクーラーもないので、歌舞伎小屋にとって夏は天敵だった。)
暑い、苦しい、死ぬ~
でも夏にお客さんが寄り付かなくなる原因は実はこの暑さだけではありませんでした。
歌舞伎小屋にとって最も恐ろしいことが毎年決まって、夏に起こるのです。
それは…
ベテランが夏休み…
(夏の間は客の入りもよくないので、ベテランの人気役者からどんどん夏休みを取ってしまう。
しかし小屋を開けないと給料の安い若手の役者達を食べさせて行けなくなるので、仕方なく歌舞伎を続けていた。)
ところが何といっても若手役者たちは芝居が下手。
そんな三文芝居を暑い思いをしてまで見に来るお客さんはそうそういません。
困った歌舞伎小屋の興行元はどうやったらお客さんを呼べるのか、話し合っていました。
「しかしあれだな、若手たちは芝居が下手だし、しかもこう暑くっちゃお手上げだよな。せめて少しでも涼しくなればねぇ」
「涼しいっていえやよぉ、怖い話聞くと涼しくなるよなぁ。背中に汗かいてよ、背筋がヒンヤリってやつ」
「それだ!」
「おおビックりした。急に大声出すな!」
「怖い話だよ。怖いといえば幽霊だ。幽霊の芝居をやりゃ、お客だって涼しくなっちまうわよぉ」
「バカ言っちゃいけないよ。そんな演目どこにあるんだ。歌舞伎に幽霊の話なんて聞いたことねぇなぁ」
「無ければ作ればいいのよう」
「作る?」
そこで興行元が目を付けたのが盆狂言。
昔から行われている盆狂言のテイストを歌舞伎にアレンジし怪談芝居が始まった。
しかし残された若手の役者たちは演技力が足りない。
そこで大掛かりな演出を加えて怖い演目を仕立て上げた。
涼み芝居「天竺徳兵衛韓国話」がきっかけ
こうして誕生した涼み芝居が全国的に知られるきっかけとなったのが…
1804年に初演された歌舞伎「天竺徳兵衛韓国話」。
大ガマが妖術を使って日本を乗っ取ろうとする物語で舞台の建物を崩し倒す「屋台崩し」や本物の水を使った「水中の早変わ」りなど大掛かりな仕掛けがふんだんに使われた演目。
先生は「演技力よりも大掛かりな仕掛けでお客さんをびっくりさせよう、というのが始まり。これを使ったら幽霊とか超自然的なものも演じられるぞ、と考えたんじゃないかと思う」という。
この歌舞伎をきっかけに現代の歌舞伎の3大怪談と呼ばれたのが「四谷怪談」「番長皿屋敷」「牡丹燈籠」。
これらをはじめ、音量や化け物を扱った怖い演目が次々と誕生した。
その後、講談やお化け屋敷と言った娯楽が江戸時代にどんどん生まれ現代の夏に怖い話を楽しむという文化に変化していった。
※8月22日「チコちゃんに叱られる!」参考・参照
まとめ
キムラ緑子、さすがベテラン役者、白い着物も似合っていたし、語りにも結構迫力があった。
語りの最後、キムラ緑子は…
「え?ベテランの私の夏休みは?ですって?それはね…実家のアミドの張替え…」と答えていた。
それを聞いたチコちゃん「怖い…優しい…」と言っていたのが笑えた。